医者から蔑(さげす)まされたような気分になった浪人・松本幸内は、不機嫌そうに言った。
「金ならある。早くこの腫れと熱を何とかしてくれ。化けネズミの毒が回って死にそうに苦しいのだ」
「それでは治療費全額、前金で三十両じゃ。今すぐ払えば即座に診てやろう」
何てこった、と幸内は思った。仙台の街道脇で斬りつけたあの座頭野郎から奪い取った三十両がそっくり治療費になってしまうじゃないか。おまけにあの時、野良犬が座頭の手首ごと咥(くわ)え去った手の中には、俺のなけなしの金が入った巾着も握られていたんだ。
クソめっ、座頭を斬りつけて損するとはついてねえや。しかし、命には代えられん。この苦痛も絶えるのが限界。
「これでどうだ。しっかり治してくれねえと許さんぞ」
言いながら、幸内は座頭・三津市(みついち)から奪った財布ごと医者に手渡した。
ほどなくして幸内の病状は治まり元気となった。この化けネズミの正体は、三津市の怨霊であった。
やっとのことで幸内は故郷の河内国へ戻った。十数年降りであろうか。ふと見ると道の反対から一人の娘が歩いてくる。この娘を売りさばいて小遣いにするか、と考えた幸内は、娘を捕まえ水車に縛りつけた。
さてこの娘は幸内の実娘であったが、長年家を留守にしていた幸内はこれに気づくはずもなかった。幸いにも季節が真冬だったため水車は氷ついて動いていない。
縛られたままの娘は、しかし、幸内の母(娘の祖母)が犯した罪に祟られ、氷ついたはずの水車が勝手にグルグル回り、絶命してしまった。
無残な娘の遺体を見つけたのは、娘の母、すなわち幸内の妻であった。哀れな娘と妻の悲劇はやがて幸内の知るところとなった。
しかし、恐ろしい因果の物語はまだ始まったばかりで、さらなる惨事と不幸がつづくことになる。くわばらくわばら。