2026年05月11日

632話 陸奥の座頭市(最終話)

 医者から蔑(さげす)まされたような気分になった浪人・松本幸内は、不機嫌そうに言った。

 

「金ならある。早くこの腫れと熱を何とかしてくれ。化けネズミの毒が回って死にそうに苦しいのだ」

 

「それでは治療費全額、前金で三十両じゃ。今すぐ払えば即座に診てやろう」

 

 何てこった、と幸内は思った。仙台の街道脇で斬りつけたあの座頭野郎から奪い取った三十両がそっくり治療費になってしまうじゃないか。おまけにあの時、野良犬が座頭の手首ごと咥(くわ)え去った手の中には、俺のなけなしの金が入った巾着も握られていたんだ。

 

 クソめっ、座頭を斬りつけて損するとはついてねえや。しかし、命には代えられん。この苦痛も絶えるのが限界。

 

「これでどうだ。しっかり治してくれねえと許さんぞ」

 

 言いながら、幸内は座頭・三津市(みついち)から奪った財布ごと医者に手渡した。

 

 ほどなくして幸内の病状は治まり元気となった。この化けネズミの正体は、三津市の怨霊であった。

 

 やっとのことで幸内は故郷の河内国へ戻った。十数年降りであろうか。ふと見ると道の反対から一人の娘が歩いてくる。この娘を売りさばいて小遣いにするか、と考えた幸内は、娘を捕まえ水車に縛りつけた。

 

 さてこの娘は幸内の実娘であったが、長年家を留守にしていた幸内はこれに気づくはずもなかった。幸いにも季節が真冬だったため水車は氷ついて動いていない。

 

 縛られたままの娘は、しかし、幸内の母(娘の祖母)が犯した罪に祟られ、氷ついたはずの水車が勝手にグルグル回り、絶命してしまった。

 

 無残な娘の遺体を見つけたのは、娘の母、すなわち幸内の妻であった。哀れな娘と妻の悲劇はやがて幸内の知るところとなった。

 

 しかし、恐ろしい因果の物語はまだ始まったばかりで、さらなる惨事と不幸がつづくことになる。くわばらくわばら。

 

posted by 北町ことら at 10:26| Comment(0) | 日記

2026年05月04日

631話 陸奥の座頭市(2)

 浪人・松本幸内は斬りつけた座頭の三津市(みついち)の手を離そうと必死だが、三津市も必死に抵抗する。

 

「面倒な座頭めが」

 

 幸内は抜いた刀をもう一度構え、巾着を握った三津市の手首ごと斬り落とした。

 

 と、そこへ一匹の野良犬が何処からともなく現れ、無残に落とされた手と巾着を咥え林の中へ消えていった。

 

 幸内は野良犬に向かって舌打ちをしたが、三津市から奪い取った財布の中に三十両の大金を確認すると急に笑顔を浮かべてその場を去った。

 

 浪人の幸内は住まいのある河内(現・大阪府)へ向かっていた。足柄の山を抜け、静岡へ差し掛かったある日のこと。幸内はすっかり日が落ちたので小さな村の辻堂(仏堂)で一晩をやり過ごすことに決めた。

 

 夜中になってザワザワと騒がしい音に気づいた幸内は、静かに片目を開いた。するとそこには見たこともない巨大なネズミが、堂の真ん中で幸内を睨んでいるではないか。

 

 化けネズミが現れた、と察した幸内は、三津市を斬りつけた刀で化けネズミに向かった。化け物の急所を狙って刀を振った刹那、ネズミは大きな口をぱっくりと開けた。驚いたことに巨大ネズミの口からは小さなネズミが何百匹の数で出てくるではないか。小ネズミは一心不乱に幸内へ襲いかかってきた。

 

 幸内が幾度刀で斬りつけてもキリがない。とうとう幸内は小ネズミに何度も噛まれてしまった。

 

 翌朝、明るくなった境内でネズミに噛まれた手足を見ると、赤く膿んでかなりの熱を発している。

 

 静岡の町までふらふらとなりながらも辿り着いた松本幸内は、医者を探し当て患部の治療を依頼した。

 

 医者は浪人風情の幸内に言った。

 

「これはかなり重い病であるな。治療にはそれなりの時間と薬が必要じゃ。お主にその治療費は払えるのか?」

 

posted by 北町ことら at 13:28| Comment(0) | 日記

2026年04月27日

630話 陸奥の座頭市(1)

昭和の人気時代劇ドラマに「座頭市」があった。

 

 主演はかの名優にして奇人・勝新太郎(かつ しんたろう)である。「座頭」とは本来、琵琶法師のことで、他に「別当」「勾当」とも呼ばれていた。

 

 琵琶法師は盲目の人が多く、江戸期に入ると盲目の人を座頭と言うようになっていったのである。

 

 江戸時代、障害者を保護支援する令が発布され、座頭もこの政策下で独占事業を営むことを許された。琵琶法師は元より(と言っても江戸期には衰退の一途であった)、三味線、琴といった楽器の演奏や鍼灸、按摩が主な職種だった。

 

 座頭市は諸国を旅する侠客(きょうかく)で、盲目でありながらその剣術は驚愕(きょうがく)の腕前で、特に抜刀(ばっとう)術のスピードは凄まじいものがあった。

 

 悪を憎み命をかけて悪人と戦う勧善懲悪(かんぜんちょうあく)のドラマゆえ、悪人共は座頭市を「めくら野郎」なんぞと蔑んだ言葉を平気でぬかす。

 

 放送当時はそれで良かったが、平成に時代は移り、「めくら」は差別用語扱いされ、放送禁止用語となった。その甲斐あって、盲目の人への差別がなくなった、という話は聞いたことがないが、ドラマ「座頭市」は再放送が困難になってしまった。

 

 さて宮城県がまだ伊達藩だった頃のある日。仙台城下で三津市(みついち)なる座頭が歩いていた。懐(ふところ)には三十両もの大金を持っており、京の都まで旅をする途中であった。

 

 その後ろを一人の浪人がついてくる。いかにも怪しそうなこの男、名を松本幸内という。

 

 幸内は不意に三津市の背中を刀で斬りつけると懐の所持金をむんずと掴み取り、これを奪おうとした。

 

 三津市は地獄の痛みと苦痛に藻掻きながらも自分の財布を取り戻そうと幸内にしがみついた。

 

 しかし、三津市が手にしていたのは己の財布ではなく、幸内が抜刀した際に落ちた幸内の巾着であった。

 

「この巾着は俺のものよ、さっさと手を離さんか、この座頭」

 

 目の見えぬ三津市は

 

「何を言う、この盗人が。これは私の財布だ」

 

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